僕だけのプレゼント
昼間の抜けるような青空が漆黒の闇へと姿を変えた頃。
不意に感じる胸の息苦しさから、剛は目を醒ました。
「な・・・ん?」
まだ酷い眠気から覚めやらぬ頭で、剛は今自分が居る状況を把握しようとその身を起こそうとした。
だがそれは叶わず、起こそうとした体は少しも浮くことは無く柔らかいクッションに沈んだままだっ
た。
剛はかろうじて動く頭を自分の胸元に向け、息苦しさを訴えるそちら方へと視線を凝らした。
辺りは薄暗く、自分の頭上から照らされているオレンジの明かりだけが この部屋唯一の明かりのよ
うだった。
その明かりに照らされて、自分の胸元に覆い被さるように茶色く光る髪が揺れていた。
「あ・・・」
その明るく光る髪と、頭を上げた時に襲ってきた独特の目眛で剛はようやく自分の状況を理解した。
「俺、ワイン飲んでそのまま寝てしもうたんや・・・」
そう誰に言うでも無く呟くと、剛はポスリと頭を元の位置に戻した。
恐らくテレビの企画だったのだろう、珍しくも相方から渡された誕生日プレゼント。
自分の産まれ年に造られたというワイン。
そんな贈り物だけで単純に嬉しくなってしまう自分を恨めしく思いながらも、剛はだんだんとに高揚
していく気持を認めざるをえなかった。それは普段よりも上がってしまう声の大きさや、
何時もにも増して饒舌に滑る口が何よりも証明していた。
進められるままに、グラスに注がれた薄い琥珀色に染まる液体を次々と喉へと通して剛はふわふわと
浮遊するような心地良さに包まれた。
自分の隣では、困ったように微笑みながらも、優しい眼差しで自分を見つめる相方が居て、気分は浮
上する一方だった。
「うー・・・、ちょお、飲みすぎやわ」
こめかみ辺りに感じる痛みは、血液が流れるのと同じリズムでズキズキと繰り返された。
剛は手の甲を自分の額に乗せ、頬を赤らめる。
それは胎内に取り込んだアルコールのせいでもあるのだが、それとは別に自分の失態を思い出してい
たのだ。
(多分、気付かれたやろなぁ…)
プレゼントを渡されてから、途端にはしゃぎだした自分。
自分ではそれを隠しているつもりだったが、後から良く考えればバレバレだっただろう。
部屋の中にいたスタッフにも、ゲストの人たちにも…。
(うわーッ、恥ずかし!)
誰に冷やかされたわけでもないが、剛は顔を両手で覆った。
「ん・・・・」
と、その時。剛のひじが微かに胸元に乗っている頭に触れ、光一が身じろぎした。
(そ、そや。そう言えば何でこいつこんなとこに居るんや?)
身体にその重みを感じていたはずなのに、記憶を辿っていくうちにすっかりその存在を忘れてしまっ
ていた。
首を動かせるだけの範囲で辺りを見回してみると、左上の方には自分たちが寝ているのと同じもので
あろう、白いソファがあった。
そして、間接照明に照らされる目の前のローテーブルを見れば、そこ
には自分が意識を失う前に見た料理の残骸とみれるものが…。
(え・・・、ちょお、まってや)
暗闇に慣れてきた目でよく周りを見れば、そこは自分たちが誕生日パーティを行っていた最上階に近
い、ホテルのスウィートルームだった。
そのことを確認した剛は、一気に酔いも眠気も醒めてく。
まるで子供を抱えるように、光一の頭を抱えてその髪を梳いていた手も早々に止まってしまう。
ソファで無防備にもこんな体勢で居るものだから、剛はてっきりこの部屋は自分か光一の部屋だと
思っていたのだ。
だからこそ、慌てもせずに自分の上に乗る光一をどかすことなくぼーっとしていた。
(あほーッ、こんなとこ誰かに見られたらどないすんねん!!)
だが、ここが先程まで宴が行われていた場所なると話は別だ。
ここは、撮影用として取っておいた部屋なのだ。
スタッフやら、何時誰が入ってくるやも分からない。
剛は慌てて身を起こそうとするが、完全に寝入ってしまっているのか光一の身体はどっしりと重く、
先程と同様にまたソファに戻る羽目になってしまう。
「こらぁっ!光一ぃ、はよ起きんかい!」
髪の毛を軽く引っ張って耳元に声を掛けてみるが、「うー」だの「んー」と言うだけで、光一は
一向に起きる気配が無かった。
「もぉ、なんて格好してんねん!」
自分で言いながら、剛は耳を真っ赤にしていた。
先刻までは暢気に髪なんかを梳いてやっていたのだが、今は話が違う。
こんな、自分の胸元に顔を埋めるように凭れた体勢を他の人の前で晒したのかと思うと恥ずかしさで
体温は上がる一方だ。
「こら!こういち!ええ加減にせんと怒るでッ」
「おいおい、その言い方は無いだろう」
剛が光一の頭を小突いた時、足元の方から光一とは違った声が聞こえてきた。
一瞬、その声に身体を強張らせた剛だったが、聞きなれたその声と暗闇から現れたその姿を確認する
と直ぐに身体の力を抜いた。
「拓郎さん…?」
目線を下げて見遣れば、そこには自分が最後に見たときとは違う服に着替えた拓郎が立っていた。
シャワーでも浴びたのだろうか。
その首元にはこのホテルのタオルが巻かれ、彼からは微かにシャン
プーの香りがした。
「先にお風呂頂きました」
そう言いながら、拓郎は剛達の傍へと歩いてきた。
「あ…」
それを見た剛がまた起き上がろうとすると、それよりも先に覆い被さるように自分の上に乗っていた
光一が身体を動かした。
その隙を見て、剛は彼の下から自分の身体を抜け出た。
「光一も大変だったんだからな」
その様子をミネラルウォーター片手に見ていた拓郎は剛の前へと歩み寄った。
「大変、って……?」
漸く光一の下から抜け出せた剛は、拓郎のその言葉に不思議そうに首を傾げた。
「おまえ、光一が酔ったお前に襲い掛かったとか思ってるみたいだけど、それは逆だぞ」
「え?」
押し倒されたような体勢で寝ていた剛は、てっきり光一がまた暴走して人目も憚らずに自分に抱きつ
いてきたものだと思っていたのだが、違うらしい。
それも拓郎の話によると、襲ったのは光一ではなく自分だと。
「えぇ?!」
拓郎の言葉を脳の中で反芻して、剛は声を上げた。
「う、嘘や」
「ほんとだって。酔ったお前が光一を離さなかったんだから」
その拓郎の言葉に、剛は大きな目を更に見開いて湯気でも出るのではないかというくらいに顔を赤く
した。
**
誕生日パーティが終盤に差し掛かってきた頃。
その部屋にいたスタッフたちは片付けをする為に部屋
に持ち込んでいた機材などを外へと運び出していた。
その気配を感じ取った光一達もそろそろ引き上げよう片づけをし始めたのだが、珍しくも独りで瓶の
半分ものワインを飲んでしまった剛は完全に出来上がってしまい、ふらふらと部屋の中を歩き回って
は部屋の片隅に置かれた観葉植物と仲良く話をしていた。
「おまえ、酒には飲まれるタイプや無いって言ってたんとちゃうんかい」
苦笑しながらも光一はそう言って、いつの間にか、テーブルに乗っていたフルーツを摘みに戻って来
た剛の傍へ行くとその頭をくしゃりと撫でた。それに気付いた剛は、酒のせいで少し水分を多めに含
んだ瞳を光一の方へと向けると、光一の顔をじっと見詰めてきた。
軽い気分の高揚のせいもあるのか、剛の頬はほんのりと朱に染まり湿った唇は部屋のライトを浴びて
誘うように光っている。
(あー、やっぱあかんかったな)
光一は今更ながらに後悔した。
自分からのプレゼントを見て喜ぶ剛に気を良くして、いつもより酒を飲む彼を窘めることを控えてい
た。本人はなるべく隠しているつもりらしいが、剛があまりにも嬉しそうにするものだから光一は彼
のしたいようにさせたかったのだ。
剛の喜ぶ顔を見ることが、何よりも光一の幸せだから――。
だが、やはり程よいところで彼を止めるべきだった。
酒の入ってしまった剛はかなり危険なのだ。
いつもは何処か周りを気にして嵌めを外さない程度に騒ぐ剛なのだが、それが酒のせいで外れるとえ
らいことになる。大胆な行動を取るようになり誰彼構わず絡みたがるし、何よりも酒の入った剛の色
香は半端が無いのだ。大げさだと言うかもしれないが、事実は事実。
現にそう言って馬鹿にしていた友人がそんな状態の剛を目の前にして逃げ出したのは確かなのだ。(
その後おもいっきり光一に釘を刺されたが)
(そろそろやばいかな…?)
それを十分承知している光一は、これはさっさと部屋に連れ帰った方が良いと判断した。
「おら、つよ。もうそろそろ部屋に帰るで。そこに居ったら掃除の邪魔やろ」
そう言って剛を突付くと、光一は剛の片腕を掴んだ。
剛は名前が分からない南国フルーツを最後に一つ口の中へと放り込むと、その光一の引く腕に素直に
従った。だが、酒のせいか立ち上がった途端、剛はよろけて光一の洋服の裾を掴みそのまま後ろのソ
ファへと座り込んでしまった。
「っと、大丈夫かー?」
光一は咄嗟に剛の身体に腕を回して、ソファに座る時の衝撃を和らげてやる。
「んとにもー。ほら、もっかい立て」
剛のその様子に苦笑しながらも、光一はそんな剛の世話を焼けるのが嬉しくて、顔は雪崩を起こした
かのように崩れていた。
だが、光一が剛の脇の下に腕を差し込んで立つように促してみるが剛は、今度は素直に従ってはくれ
なかった。
「おい、つよし?」
どうしたのかと剛の顔を覗き込むと、剛が俯いていた顔を不意に上げて緩く首を左右に振った。
「なに?」
剛のその行動の意味が分からずに、光一は首を傾げた。
すると剛は唇を拗ねたようにを尖らせて
潤む瞳で光一のことを見返してきた。
これが光一意外の人物であればもう既にKO寸前であろう。
光一とてこんな剛を前にして平常心でいられる程、男の性は腐っちゃいない。
しかし、光一はこんなところでやられる男でもない。
それはある程度こういう場合の非常時対処法を他人には分からない深い関係の中で身につけているか
ら、というのと、下手に手を出した後の剛の反応を良く知っているからこそのことであった。
「どしたんや、つよ」
平常心を保ちつつ、光一は優しく声を掛けると剛の顔を再度覗き込んだ。
すると、こちらを見ていた剛はゆっくりと両の腕を上げると、目の前にいる光一の首へとその腕を絡
ませてきた。
「え・・?」
実際にそれはゆっくりとした動作であったのだが、光一にはその様子が更にスローモーションののよ
うに見えた。そんな驚いている光一よそに、剛は首に絡ませた腕に力を込めるとそのまま自分の方へ
と引き寄せた。
「こ・・いち・・」
彼の口から囁かれる自分の名前は酷く甘さを含んでいた。
その耳元に掛かる剛の熱い吐息に、光一は思わず身体を震わせる。
目の前に見える薄っすらと桜色に染まる滑らかな項に光一の理性は吹っ飛びそうだった。
「つよ・・おいッ」
「こぉ、ちゃ・・ん」
本来ならば、こんな美味しいシチュエーションを逃すはずはない光一なのだが、如何せんここは人前。
抱き締めるにも抱き締められなかった。
光一は剛を正気にさせようと剛の肩を掴んで名前を呼んだがそれよりも早く剛が光一から顔を離し、
そして、光一の頬にその赤く熟れた唇をそっと近づけてちゅっと羽のようなキスをしてきた。そこで
光一の頭は一時停止状態。
その後はただゆっくりと離れていく剛の顔を呆然と見詰め返すことしかできなかった。
**
「―――ッ!っそ、そんなんしたんか、俺ッ?!」
拓郎から事の経緯を事細かに聞いていた剛は、頬とはいえ人前で自分が光一にキスをした事実を聞か
されて、これでもかと言うほど全身を赤くした。
「それだけじゃないぞ。その後なんか光一を捕まえてそのままソファに倒れこんじまってな。光一が
身体起こそうとしてもお前が離さなかったんだよ」
「さ、さいあくやぁ〜ッ」
半分泣きそうな声を出して、剛は両手で火照る顔を覆った。いつもは光一にさんざん人前でキスはす
るな、身体に必要以上に触るなと、釘を刺しているのに。今回はまるで逆だ。
と、その時、剛は何かを思い出したように俯いていた顔を上げた。
「も、もしかして。それ全部スタッフの人とかに見られてたんですか?」
剛は恐る恐ると言った感じで拓郎の顔を窺った。
しかし、これを聞くのも愚問だろう。
収録を終えてそのまま打ち上げ兼誕生日パーティを行ったのだ。
スタッフたちが大勢いて当たり前。
いくら片付けをしていたとはいえ、何人かの人には確実に見られ
たに違いない。
(あかんあかーん。どないしよ〜…)
だが、そんなわたわたと動揺する剛に返ってきた拓郎の返答は意外なものだった。
「あー…、それは大丈夫。誰もって訳にはいかなかったけど、見られたのは俺と高見沢と嫁さん、そ
れに馴染みの人数人だけだから」
「へ?…なんで??」
その拓郎の言葉に剛は首を傾げた。
「あいつもそーいうトコロはちゃっかりしてるよなー。というか、さずがだな」
「???」
訳の分からないことをいう拓郎に、剛は益々疑問が募るばかりだった。
「あいつ、きっとお前が酔って危ないと思ったんだろうな。殆どのスタッフに機材運ばせたり何だり
で、部屋の中に親しい人意外は残さなかったんだよ」
「え・・、そうなん・・」
剛はそれを聞いて、自分の後ろでソファに寝転がりながら眠る光一の顔を覗いた。
いつも考えナシに抱きついては剛に怒られていた光一であったが、ちゃんと彼も考えていたようだ。
本当は剛だって、光一に抱きつかれたり触れられたりすることは嫌いじゃない。
むしろ、好きな相手に触れてもらえることはとても嬉しいこと。
しかし光一の場合、時と場所を選ばないでそれを実行してくることがあるため、少々困っていた。
親しい間柄の人であればそれも構わないのだが、自分たちのことを良く知らない人たちにはそうも言
ってはいられない。
変な目で見てくる人もいれば、悪質に冷やかす連中も居るのだ。
自分だけがそれを受けるのならどんなことだって我慢することができる。
でも、それが自分の恋人にまで行くとなると、話は別。
そんな風に思っていた剛は光一のスキンシップには極力無反応出返すようにしていたのだ。
そうすれば調子に乗って光一が暴走することもないだろうと思っていたから。
「こいつ、天然アホのくせして、なんでそういう所は分かんねやろな」
剛は気持ち良さそうに眠る光一の髪へと自分の指を滑り込ませると、そのまま後ろの方へと梳き上げ
た。最近あまり見てなかった彼の少々広い額を出すと、剛は親指でやさしくそこを撫でた。
いつもは回りにさっぱり無頓着な恋人。
でも、彼はちゃんと剛の中にある不安を見つけていてくれた。
「あほ・・・」
口にした言葉とは裏腹に、剛の顔には嬉しさを含んだ笑顔があった。
「あーあ。年寄りの前で見せつけるなよなぁ」
「えっ・・あ、あの・・」
そんな剛の様子を見ていた拓郎は、手に持っていたミネラルウォーターをぐいっと煽ると、酒を飲ん
だかのように酔っ払い口調になって冷やかしてきた。
その拓郎の言葉を聞いた剛は慌てて光一に触れていた手を引っ込め、顔を赤くして言い訳しようとし
たが上手い理由が思いつかずただ口をパクつかせるだけだった。
そんな慌てた様子の剛を横目で見た
拓郎はくすっと笑いを零すと、座っていたソファから立ち上がった。
「あー、はいはい。いいって、今更言い訳なんかしなくても」
嫌味でもなんでもなく、素直にそう言った拓郎はまるで我が子を見るように剛にちらりと視線を寄越
した。剛もそれが分かり、恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた。
「ほんまに、今日はごめんなさい」
「おバカ。ごめんなさいじゃなくて、ありがとう、だろ」
拓郎は空いた手をポンと剛の頭の上に乗せ、微笑んだ。
「そんなこと光一に言ってみろ。ほっぺた引っ張られて怒られるぞ」
頭に乗せた手をぐりぐりと動かしていたずらっ子のようの笑みを浮かべる拓郎に、剛はこくんと頷い
た。
「ありがとうございました・・」
口の端をキュっと上げて笑顔をつくった剛は、拓郎に向かってお礼を述べた。
その剛の言葉を聞いて、拓郎は少し恥ずかしそうにすると剛の頭に乗せていた手をどけて
くるりと後ろを向いてしまった。
そして、おほん、と一つ咳払いをする。
「さて、俺も早く部屋に帰って嫁さんといちゃいちゃしますか」
珍しくもそんなことを言った拓郎はソファに掛けておいたタオルを手にとると部屋から出ようとドア
の方へと歩いていった。
「あ、あの・・!」
「あ、そーだ」
ドアに向かう拓郎の背中に剛が声をかけて呼び止めようとすると、それに被さるように拓郎が振り向
いて声をかけてきた。
「今日はこの部屋に泊まってもいいからな」
「え・・?」
「ささやかながら、俺からお前にプレゼント。荷物とかも全部、隣の部屋に運んであるから」
「どういう・・?」
「ついでに言うと、この部屋のベッドはキングサイズのダブルになっておりますので御安心を」
その言葉を聞いて、剛はポンと湯気が出るほどに顔を赤くした。
今日はもう既に何回顔を赤くしているか分からない。
「た、拓郎さんッ!!」
「じゃーねー。おやすみー」
剛が叫んで呼び止めるが、拓郎は気にすることなくひらひらと手を振って部屋から出て行ってしまっ
た。
「ぷ、ぷれぜんと・・って・・」
そういうことかい!!と、内心突っ込みつつ先程の拓郎の言葉を思い出して、剛は俯きながら火照る
顔を押さえた。いくら鈍感なところがある自分にだって、さっき拓郎が言っていたことの意味くらい
は分かっている。
先刻、拓郎を呼び止めようとしたのは自分の横で完全に寝入っている相方を部屋まで運ぶのを手伝っ
てくれと言おうと思っていたのに、それではその必要もなくなってしまった。
だが、だからといって、この状況をすんなりと受け入れるにも受け入れ難い。
そんな、プレゼントだなんて言われて、はいそうですかと受け取るのもソウイウコト前提過ぎて恥ず
かしすぎだ。
「で、でも・・!」
今はもう既に光一は寝入ってしまっているのだ。
ソウイウ展開になることもないだろう。
そう判断した剛はソファから立ち上がると隣の部屋へと行き、ブランケットを一枚持ってくると
光一の身体へと掛けてやった。どうやっても自分ひとりじゃ光一のことをベッドまで運ぶのは無理な
ため、申し訳ない気もするが光一にはココで寝てもらうことにした。
「あーあー、暢気に寝よって」
気持ちよさそうに眠る光一の寝顔を見て、剛は自然と笑みを浮かべた。
(ちょっと、ええかな・・)
そう思った剛は、誰も居ないはずの部屋の中を見渡して様子を窺うと、静かに寝息を立てる光一の顔
を覗き込んだ。
「光一・・ありがとな・・」
小さな声でそう呟くと、剛は光一の唇へそっと口付けた。
それは酔っていた時に彼の頬へとしたのと同じに羽のように軽いキスだったが、直ぐに光一から離れ
た剛はドキドキ言う心臓を押さえながら顔を上気させた。
そして、暫く彼の顔を眺めてから隣のベッドルームへ行こうと立ち上がったそのとき・・
「ちょッ・・?!」
剛の腕が捕まれ、目の前のソファへと倒されてしまった。
「った・・」
倒れた拍子に光一の胸板に強かに鼻を打ち付け、剛は痛そうに眉を寄せた。
「お前、お礼ってそれだけなん??」
「こ、光一!!」
痛い痛いと言いながら鼻を摩っていると頭上から声が聞こえてきたので、胸元から顔を上げると、そ
こにはぱっかりと目を開けた光一がこちらをじっと見下ろしていた。
「お、お前ッ、起きとったんかい!」
剛は驚いてじたばたと光一に凭れながら暴れだした。
良く考えてみると、この体制は先程のちょうど逆のものだ。
「さっき起きたん。王子は姫の熱いキスで起きたんです」
「あ、アホッ!起きてるんなら言えや!」
「何言うてんねん。あんな美味しい状況で起きれるかい」
いけしゃあしゃあとそう言ってのけた光一は酷くゴキゲンな様子で剛の顔を眺めていた。
「も、知らんわッ!」
顔をこれでもかと言うほど赤く染めた剛は、さっさとこの態勢どうにかしようと起き上がろうとして
みた。が、それよりも素早く光一の腕が剛の腰を捕らえてそれを許さなかった。
「離せやッ!」
「いーやーや。やからこんな美味しいトコ逃せるかっちゅーの。それに、お礼もまだ中途半端
やったし」
その言葉は嫌でも先程剛が光一にキスしたことを示唆していて、剛はもう恥ずかしさでどうにかなり
そうだった。光一はその剛の反応を知っていて、わざとそんなことを言っているのだ。
剛もそれは分かっているのだが、こういう口論になった場合こちらが吼えれば吼えるほど光一の思う
つぼになってしまうため、むやみに反撃しないほうが良いのだ。
「せっかく拓郎さんがプレゼントしてくれはったんやし、人の好意は素直に受けようや」
だが、光一のその言葉をきいた剛は勢い良く頭を上げた。
「お、お前、やっぱり起きてたんやないかッ!」
「あ・・・」
その剛の指摘に光一は明らかにしまったという顔をした。
「やっぱり・・」
「ちゃうて、聞こえてきたんやもん。しゃあないやんッ」
光一の胸元に置かれた剛の拳がふるふると震えているのを見て、光一は慌てて弁解したものの、
剛に回した腕は決して離さなかった。
「だいたいなぁ・・なんで俺が・・・ッ」
「つよ・・・?」
(やばッ、少しいじめすぎたかな・・)
自分の胸元に顔を埋めながら俯いていた剛の声が心なしか震えていることに気付いた光一は、
少し焦って剛の肩を掴んだ。
「なんで俺がお前にお礼なんかせなあかんねん・・ッ!」
だが、その一瞬後に見えた剛の顔は、目元にうっすらと涙を浮かべているものの真っ赤になっていて
、その表情を見た光一は驚きながらも直ぐに笑顔に戻った。
どうやら剛が声を震わせていたのは、怒りからではなく恥辱のせいであったらしい。
「今日は俺の誕生日パーティやぞッ。なんで俺がお前にイイ思いさせなアカンねんッ」
頬を上気させて一気にそう言った剛は、キッと下から光一を睨んだ。
しかし、たっぷりと潤んだ大きな瞳でそんな風に睨まれても、光一の理性が一、二本早めに崩れ落ち
そうになるだけだった。
「あー、確かにそうやなぁ」
光一はその剛の言葉を聞いてそれも尤もだという顔をしながらうんうんと頷いた。
そして、悪戯を思いついたようにちらりと剛の方を見た。
「じゃあ、俺からもう一つプレゼントやるわ」
光一は剛の腰をぐっと引き寄せたかと思うと、にっこりと笑顔を作ってそんなことを言ってきた。そ
の顔を見た剛は訝しげな顔をする。
「剛君には、この目の前にいる王子サマをプレゼントします」
冗談めかしてそんなことをいた光一は、途端、自分で言ったにも関わらず、うひゃひゃひゃと笑いを
零した。そして、自分の近くにある剛の頭へと顔を埋めるとすりすりと頬を摺り寄せ、
また怒って暴れられないようにその身体を抱き締めた。
「・・まに、・・・んの?」
だが、その光一の予想とは反対に胸元からは剛の小さな声が聞こえてきた。
それはあまりに小さすぎ
て、光一には内容が聞き取れなかった。
「なん・・?」
光一が聞き返す為に抱えていた頭を離して剛の顔を覗き込むと、剛はゆっくりと顔を持ち上げてこう
言った。
「ほんまに、・・・くれんの?」
やはり濡れている大きな瞳をこちらに向け、そこらの女なんか敵わないくらいの可愛い仕草で首を傾
げてそんなことを言ってきた。
その言葉に、光一は思わず目を見開いてしまった。
(・・不意打ちや・・)
そう、心の中で呟きながら、光一は苦笑した。
「あんま変なこと聞くと怒るで」
そう言うと同時に、光一は緩く抱いていた剛の身体を力任せに自分の方へと引き寄せると、近付いて
きた赤い唇にぶつかる勢いで自分のそれを重ねた。
「んっ・・ふ・・」
自分の背中に何か固いものがあたって痛いとか、少し体重の増えた恋人の身体で苦しいとか、
無理な体勢で首筋が攣りそうだとか、そんなもの気にしている余裕なんて無かった。
―――ただ、愛しくて仕方なかった。
「こうい・・・ん、ぁ」
自分の名前を紡ごうと口を開いて離れるのさえ惜しくて、光一は剛の後頭部へと手を移動させると舌
を咥内へ滑り込ませ更に奥へと深めた。歯列をなぞりながら、奥のほうに引っ込んでいる熱い舌を突
付き強引に絡め取ると、そこからは微かに酒の匂いがした。
まるでその酒の香りが媚薬にでもなったかのように、光一の頭の中は甘く疼きはじめ、呼吸をするこ
とさえ忘れて夢中で剛の唇を貪った。
だが、暫くすると、さすがに苦しくなってきたのか剛が弱々しく光一の胸元を押し返してきた。
それに気付いた光一は、漸くそこで剛の唇を解放した。
「はぁっ・・は・ぁ・ッ」
口唇が離れると同時に、剛は勢い良く息を吸い込み必死で酸素を胎内に取り込んだ。
光一も呼吸を荒くしながら、瞳を閉じて肩を揺らしながら呼吸を繰り返す剛の背中を静かに摩ってや
った。
そして、呼吸が落ち着いてきたところで改めて剛の身体を抱き締めた。
「可愛い顔して、そんなん、聞くなや・・・」
光一の少し嗜めるような言い方を含んだ言葉を聞いた剛は、光一の胸元のシャツをきゅっと握り締め
る。
「・・・そんなんあたりまえやろ・・」
光一は、言い聞かせるかのように呟いた。
「こ、いち・・・っ」
剛は堪らず声を震わせて光一の胸元に顔を埋めた。
それと同時に胸元に感じる熱い息遣いと涙の感触に、光一は苦笑した。
「おおい、泣くなやぁ〜」
「な、泣いて、へんもん・・・ッ」
既にその声に嗚咽が混じっているにも関わらず、剛は強がってそう言うと、光一の胸元にぐりぐりと
顔を押し付けて涙を拭った。
「おい、こらっ。人の洋服で涙拭くなッ!」
それに気付いた光一は笑いながら剛の頭を軽く小突いた。
すると、剛は勢い良く顔を上げ光一の身体の上を這いずりあがるとそっと微笑んだ。
「なぁ、光一からのプレゼント・・・今夜、頂戴?」
「・・・・」
ことりと首を傾げてそんなことを言ってくる剛に、光一は一瞬言葉が出なかった。
「なあ、くれへんの?それともそのプレゼントって他の人にもあげとるん・・?」
何も言わない光一に焦れて、剛は唇を尖らして上目遣いで見つめてきた。
(きょ、凶悪や・・)
かなり数場を踏んでいる光一でさえも、今の剛の行動には眩暈がするほどに欲情を掻き立てられた。
「そ、そんなことあるかいっ!!このプレゼントはお前専用やっ」
剛の言ったことに光一は慌てて答えると、その様子を見た剛はくすくすと笑いを漏らした。
「ん、そう願ってるわ・・」
「願わんでも大丈夫やっ!」
光一はむっとして間髪いれずにそう言い切った。
それを聞いた剛は口元に手を持っていき、またくすくすと笑う。
「よし、そうと決まれば早速行動や!」
剛の笑う様子を暫く見つめていた光一は、不意にそう言うと、自分の身体の上に乗っている剛の身体
を抱きかかえながら起き上がった。
(・・ちょお、むかつくかも・・)
光一のその行動に、剛は内心口を尖らせた。
先程、自分が起き上がろうとして光一の身体をどかそうと奮闘したにも関わらず、光一はいとも簡単
に自分の身体を抱き締めながら起き上がってしまったのだ。
(俺の方が重いはずやのに・・)
そんな小さな事で、剛がぶつぶつといっていると、光一は剛をソファへと下ろして立ち上がった。
「どっか行くんか?」
「アホ、風呂や風呂。シャワー浴びてくるわ」
何処か不安そうに聞いてきた剛に、光一はふふんと笑った。
「俺が出てくるまでに寝るなよ。せやなかったら、プレゼントはあげへんで」
そう言って、光一はベッドルームの方に消えたかと思うと中から「おお、ほんまにキングサイズや」
と嬉しそうに言う声が聞こえてきた。
そしてその後、スキップでもしそうな勢いでベッドルームから出てきた光一はいそいそとバスルーム
の中へと入っていった。
(アホやなぁ・・・)
そんな光一の後ろ姿を見送りながら剛は頬を赤く染めて微笑んだ。
「ほんまに、ありがとうな・・・」
そんな言葉を呟きながら。
そして、その後。
剛はシャワーから上がってきた光一から嫌と言うほどたくさんのプレゼントを貰うことになった。
END
******